最高裁判所第三小法廷 昭和63年(あ)699号 判決 1990年4月17日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人芦田浩志外九名の上告趣意のうち、地方公務員法三七条一項につき憲法二八条、九八条二項、二一条、一三条違反をいう点及び地方公務員法六一条四号につき憲法二八条、一八条、三一条、九八条二項、二一条、一三条違反をいう点は、当裁判所の判例(昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号一一七八頁、昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁)の趣旨に徴して理由がなく、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
なお、原判決及びその是認する第一審判決の認定によれば、被告人は、埼玉県教職員組合(以下「埼教組」という。)の中央執行委員長であったものであるが、昭和四九年春、傘下の組合員である公立小・中学校教職員らをして、「賃金の大幅引上げ・五段階賃金粉砕、スト権奪還・処分阻止・撤回、インフレ阻止・年金・教育をはじめ国民的諸課題」の要求実現を目的とする同盟罷業を行わせるため、日本教職員組合(以下「日教組」という。)及び埼教組の関係役員らと共謀の上、同年三月二九日に開催された埼教組第五回拡大戦術会議において、傘下の各支部、市町村教職員組合役員らに対し、「日教組からスト決行日を四月一一日全一日に決定するという指令が来たのでストの決行日が正式に決まった。埼教組も日教組の統一ストの中でストライキを成功裡に行わなければならない。」などと申し向けるとともに、右同盟罷業に際して組合員のとるべき行動を指示し、さらに同年三月二九日ころから同年四月一〇日ころまでの間、右会議参加者らを介し、傘下の組合員多数に対し、右指令及び指示の趣旨を伝達したというのである。以上の事実関係の下においては、被告人の右行為は、地方公務員法六一条四号にいうあおりに当たるものというべきであるから(前記各大法廷判決参照)、これと同旨の原判断は、正当である。
よって、刑訴法四一四条、三九六条により、主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官坂上壽夫の補足意見、裁判官園部逸夫の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官坂上壽夫の補足意見は、次のとおりである。
私は、地方公務員法三七条一項、 六一条四号の各規定が憲法二八条等に違反するものではなく、また、被告人の本件行為が地方公務員法六一条四号にいう争議行為のあおりに該当するとの点については、多数意見に賛同するものである。ただ、公務員の争議行為に対する規制が違憲でないとする論拠については、多数意見が引用する各大法廷判決とは、見解を異にしている。私の基本的な考え方は、従前既に明らかにしているが(最高裁昭和五七年(行ツ)第一七九号同六二年三月二〇日第三小法廷判決・裁判集民事一五〇号三八九頁における私の反対意見、最高裁昭和五九年(行ツ)第三六号平成元年四月二五日第三小法廷判決・裁判集民事一五六号六一五頁における私の補足意見など参照)、本件においては、これまでとは異なり、公務員の争議行為に対する刑事制裁が問題とされているので、ここに私の見解を補足しておくこととしたい。
公務員の争議行為に対する規制は、国民生活全体の利益を擁護するためにやむをえないものとして是認されるのであって、右規制が憲法上許容されるか否かは、国民生活全体の利益と労働基本権を保障することにより実現しようとする利益とを比較衡量した上、両者の調整を図るという観点から決定されるべきものと考えられる。したがって、公務員の争議行為を規制すること自体に問題がない場合であっても、規制違反に対する制裁が必要な限度を超えることは許されない。右のような私の立場からすると、立法論としては、公務員の争議行為を刑事制裁から解放することも一つの望ましい方向と考えられるが、他方、地方公務員法六一条四号は、争議行為への参加者を一律に処罰することなく、争議行為をあおった者等に限って処罰することとしており、このことなどを考慮すると、同号の規定が直ちに違憲であるとすることはできないものと考える。もっとも、争議行為のあおり行為等に刑事制裁を科するに当たっては、当該争議行為が行われるに至った事情と、それが国民生活全体に及ぼす影響との関係において、その違法性の程度につきとくに慎重な検討が要求されるものというべきであり、争議行為の内容いかんによっては、そのあおり行為等が刑事制裁を科するに足る違法性を欠如するものと評価すべき場合もありうるであろう。そこで、事案に即して検討すると、本件においてあおりの対象となった争議行為は、埼玉県下の広汎な地域において全一日にわたり公立小・中学校の教育に空白をもたらすものであり、これが児童生徒、保護者等を含む国民生活全体に及ぼす影響は、軽視すべきものではないと考えられ、争議行為が行われるに至った事情及び争議行為の規模、態様や職務の性質等に照らしても、本件が違法性を欠如するものとはいいがたい。したがって、被告人に対し罰金刑の限度で刑事制裁を科した第一審判決及びこれを是認した原判決の判断は、いずれも正当であり、本件上告は棄却を免れないものというべきである。
裁判官園部逸夫の反対意見は、次のとおりである。
私は、地方公務員法三七条一項、 六一条四号の規定と憲法二八条等との関係に関する法理論については、多数意見と見解を異にしており、東京中郵事件判決(最高裁昭和三九年(あ)第二九六号同四一年一〇月二六日大法廷判決・刑集二〇巻八号九〇一頁)を継承した都教組事件判決(最高裁昭和四一年(あ)第四〇一号同四四年四月二日大法廷判決・刑集二三巻五号三〇五頁)のとる見解の基調に従うものである。すなわち、多数意見が引用する近時の当審判例のように、財政民主主義等の理由から直ちに公務員の団体交渉権及び争議権が憲法上当然に保障されているものでないとの結論を導くのは、いささか性急な理論構成というべきであり、公務員も含めた勤労者に対する憲法上の労働基本権の保障が国民一般の憲法上の諸利益の享受と対立する関係にある場合には、両者の均衡と調和という観点から、具体的な事案に応じ、可能な範囲において、合理的な解釈を施すことが必要である。そして、本件における地方公務員の争議禁止規定及びこれに関連する処罰規定についても、当面は、右のような憲法解釈の見地から、いわゆる制限解釈を施して適用することが望ましいと考えるのである。
ところで、本件で問題となる争議行為は、埼玉県教職員組合傘下の教職員により埼玉県全域の公立小・中学校で全一日にわたって実施された同盟罷業であり、必ずしも小規模のものであるとはいえないが、他方、その目的は、主として賃金の大幅引上げの点にあったものと認められること、右同盟罷業がいわゆる単純不作為にとどまるものであって、暴力の行使などの行き過ぎた行為を伴わないものであったこと、学校教育という職務は一定の弾力性を有するものであるから、右同盟罷業によって年間計画の実施に一日間の空白をもたらしたことが、直ちに国民生活に重大な支障を及ぼすこととなったとまではいえないこと等の諸点を考慮すると、右同盟罷業が強度の違法性を帯びたものであったとは認められない。また、被告人は、同組合の中央執行委員長という立場において、関係役員らとともに右同盟罷業に関する指令及び指示を傘下の組合員に伝達したにとどまるものであって、その行為は、同組合の行う同盟罷業に通常随伴して行われる程度のものであったと認められ、被告人のあおりの態様が格別強度の違法性を帯びていたとの形跡もない。
このように見てくると、被告人の本件行為は、地方公務員法六一条四号にいう争議行為のあおりには該当せず、刑事制裁の対象にならないものと解するのが相当である。したがって、本件については、原判決及び第一審判決中有罪部分を破棄した上、被告人に対し無罪を言い渡すべきものと考える。
検察官緒方重威 公判出席
(裁判長裁判官 安岡滿彦 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫)